中坊進二が宮本武蔵を紹介します


戦国武将や新撰組を除くと、宮本武蔵、佐々木小次郎、
柳生十兵衛あたりが日本で有名な剣豪として
名が上がることが多いと中坊進二は思っています。
このあたりはフィクション作品でも度々取り入れられていますよね。
しかし宮本武蔵の史実はあまり知られていません。
「巌流島の戦い」「五輪の書」は有名ですが、
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そのふたつは30~40年くらい離れています。
宮本武蔵の20代以降の史実はほとんど知られていないのです。

中坊進二は先日、テレビで宮本武蔵の特集を観ました。
今回はその話を一部かいつまんで紹介したいと思います。

巌流島は佐々木小次郎の章で解説したので割愛しますが、
宮本武蔵はその後、関ヶ原の合戦に参加して武功を建てました。
それ以降も、数多くの決闘を勝ち抜き、
日本で宮本武蔵の名は知らないものは居ないほど、
剣豪として有名になっていったのです。
マスメディアの無い時代において、
こうした知名度を増やすのは並大抵のことではないと中坊進二は思います。
一体どれだけの人を斬ったのか想像も出来ません。

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そうして有名になった甲斐があり、
宮本武蔵はとある藩に召し抱えることになります。
その藩で武士たちに剣術などを指南していたそうです。
給料もかなり良かったみたいですよ。
また、宮本武蔵は水墨画の達人としても知られています。
その番組にて、宮本武蔵の作品を紹介していました。
今でもどこかの博物館に展示されていることでしょう。
そして肉体の衰えを感じ始めた50代・60代あたりから、
五輪の書の作成に取り掛かります。
精神的な教えから、身体の鍛え方、この流派を相手にするならこの剣術が有用、
といったことが書かれていたと中坊進二は思います。
まだ中坊進二は五輪の書を読んだことがないので全部想像ですが、
機会があれば再版されているのを読んでみたいと思っています。
新渡戸稲造の武士道みたいに、海外でも人気になっているみたいですよ。

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中坊進二が知る宮本武蔵は、不潔で不精なイメージがあります。
肖像画が残されており、
それがイケメンで描かれていないのが理由かもしれませんが、
宮本武蔵は風呂に入らない人物としても知られています。
風呂でリラックスしている最中に敵に襲われるのを嫌った宮本武蔵は、
生涯で一度も風呂に入らなかったそうです。
庶民は風呂に入る文化自体ありませんでしたが、
上級武士ともなれば、浴槽に浸かるくらいはするかもしれませんが、
宮本武蔵はそうしたことをしなかったと、中坊進二は学びました。
嘘か本当か分かりませんが、
そうした理由から中坊進二は宮本武蔵のことを、
あまり清潔なイケメンキャラとして想像することが出来ないのです。

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