源頼光について調べる中坊進二


日本人で誰もが知っている童話(昔話)と言えば、
桃太郎や金太郎、浦島太郎あたりではないでしょうか?
かぐや姫や一寸法師、カチカチ山、さるかに合戦、
ウサギとカメ、鶴の恩返し、笠地蔵も捨てがたいですね。
中坊進二も街の図書館でよくこうした本を読み漁りました。
そして金太郎のモデルといえば坂田金時(さかたのきんとき)です。

kintaro

しかし、金太郎の物語を知る方はほとんど居ません。
中坊進二も調べるまで「あれ? なんだっけ?」と首を傾げました。
それもそのはず、金太郎の物語はクマと相撲を取って終わります。
士官するところまで描くこともありますが、そのあたりで物語が完結し、
源頼光(みなもとのよりみち)との出会いは普通に端折られています。
頼光四天王として坂田金時は有名ですが、
源頼光も頼光四天王のほか3名はかなり無名です。

yorimichi

というか、源頼光に至っては中坊進二としては、
源頼朝と同じ年代の人物だと思っていた程です。
(実際は200年ほど差があります)
あと、頼光四天王のリーダーは渡辺綱(わたなべつな)ですが、
この人物を知る方は、よほどの歴史マニアでしょう。
碓貞光(うすいさだみつ)と
卜部季武(うらべのすえたけ)に至っては中坊進二は、今知りました。
そこで今回中坊進二は、
源頼光がどのような人物かを紹介したいと思います。

まず、源頼光が生まれたのは948年になります。
(954年という説もある)
満仲の長子であり、
清和源氏の3代目として摂津国多田(兵庫県)を治めました。
武家の名門として朝廷を守る要職に就きましたが、
後年に語り継ぐほどの有名な話としては、
1018年の大江山夷賊追討が人気だと中坊進二は思います。
源頼光と頼光四天王とあと誰か(藤原保昌かも?)を
合わせた計6名で、夷賊を討伐しました。

tsuitou

その時の話は御伽草子などで脚色されており、
大江山の酒呑童子討伐や土蜘蛛退治などは現代でも
かなりの人気の物語として扱われています。
当時は、朝廷にとっての敵役はこうした妖怪などで
描かれることが多かったと中坊進二は考えます。
昔から悪いことは全部「妖怪のしわざですね」にしていたのです。

頼光四天王を部下にしているだけはあり、
源頼光の武勇は後年になっても衰えることはありません。
天下無双と言われている金太郎を従えるだけはあり、
かなりの武を持つとどの文献にも描かれています。
ただしこうした文献は脚色が非常に多いので、
実際の戦闘力に関しては不明です。
武士というより、
貴族的な人物と称するという歴史研究もあると言われています。

あと、源頼光は歌人として有名だったことも中坊進二は、
初めて知りました。
勅撰和歌集に3首の和歌が記されていますので、
気になる方は是非調べてみてください。

wakasyu


過去の記事・京都編

サンプルバナー