中坊進二が語る京都の昔ながらの住居


京都の昔ながらの住居に縦長の形式がある。
「うなぎの寝床」とも言われている。
玄関のある面こそ普通のサイズだが、
今では考えられないような縦長の住居が
当時の京のスタイルなのだそうだ。
イメージとしては、正方形を
4つ縦に繋げた感じを想像してくれると助かる。
このことについて中坊進二に聞いたところ、
この間取りを決めたのは豊臣秀吉だと言う。

安土桃山時代、京都の街は平安時代から続く
碁盤のような通りの沿いに住宅が建てられていたらしい。
そして通りの沿いに住宅を建てると、その中心地に空き地が生じる。
イメージとしては、大きな長方形の外周に
家を建てる感じを想像してくれると助かる。
昔はその空き地を農地として利用していたそうだが、
秀吉はその農地の分を無駄と判断し、
長方形を真っ二つに分断するよう道路を新設し、
それぞれ縦の通りに玄関口を作るように長屋を改築するよう命令したようだ。
イメージとしては、テトリスの横バーを
全て均等に横で配置する感じを想像してくれると助かる。
これにより、京都に住む人口は3倍にまで膨れ上がったらしい。

ただし、中坊進二が言うには、秀吉の命令には諸説あり、
間口に対して税金を課したので町民が仕方なく
縦長スタイルの住居を建築せざるを得なくなったとも
言われているらしい。
たかだか、400年前の話だが、真実はなかなか分からないものだ。

ウナギの寝床にも色々な構成があり、
途中で中庭を挟むものや奥が蔵になっているものまである。
家が密集するため、風通しを工夫した家も多くあったそうだ。



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