中坊進二が解説する坂本龍馬と京都の関係


三十三間堂の意外なルーツや意味を知った後に友人の中坊進二さんと私は
京都にある坂本龍馬ゆかりの史跡について一緒に廻りました。
それは寺田屋跡と近江屋跡になります。

ここでおさらいのためにも、坂本龍馬について簡単に説明するよと
中坊進二さんは言いました。
坂本龍馬は土佐藩で生まれ、わずか31歳の若さで京都で没した、
江戸時代の幕末の武士として知られています。
幕末に勝海舟とともに開国に向けて活躍した人物です。

その後龍馬は西郷隆盛と薩長同盟を組み、海援隊とともに倒幕に動いていましたが、
志半ばで京都で暗殺されたと、中坊進二さんは締めくくりました。

上記の話を踏まえて、龍馬ゆかりの史跡について見て廻りました。
まずは寺田屋跡です。
寺田屋跡とは、寺田屋事件の舞台になった場所です。
江戸時代末期、旅館であった寺田屋で起きた事件からこの名前がついています。
京都の寺田屋事件は大きく2つの事件があったと中坊進二さんは教えてくれました。

1つは薩摩藩の尊皇派が襲われた事件で、薩摩藩の粛清を目論んだものでした。
もう1つは坂本龍馬が襲撃された事件になります。
ここで龍馬はかろうじて命を取り留めました。
なお坂本龍馬は京都の寺田屋で知り合ったお龍さんと
日本で初めての新婚旅行をしたと言われています。
中坊進二さんもこの点は寺田屋跡に行くまで知りませんでした。

もう一つの近江屋跡ですが、ここは寺田屋事件の後に
近江屋事件が起こった場所になります。
ここで坂本龍馬は暗殺されたわけです。
京都の地で龍馬は亡くなったわけですが、暗殺をした人は、
諸説ある
と中坊進二さんは言いました。
当時対立していた新撰組の仕業とか、京都見廻り組の説などです。
後者の説が有力なのですが、現在も議論があるところです。



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